無気力かぼちゃ

万年無気力の私

「死ね」が止まらない

「死ね」が止まらない。

 

 

今まで「死にたい」が多めだったけど、徐々に「死ね」が脳内で勢力を伸ばしている。毎月のリズムで、1週間くらいそういう殺意が湧いてくることはあったけど、いよいよ恒常的なものになりつつある。

終いには「死ね」が進化して「みんな死ね」になってる。

元々、不甲斐ない・だらしない自分への叱咤だったと思うのだが、

どうしたことか、「みんな」死ね

って変わってる。

今のところ人前では言ってない。けど、人気(ひとけ)のないところで声に出すようにはなってしまった。

「みんな」は特定の誰かではない。多分不特定の人間を指しているわけでもない。

自分自身・今の状況に対して、身の回りや社会で起こってるクソみたいな物事に対して言ってるのかな。ただの環境に対する八つ当たりなんでしょうか。

 

「死にたい」はもっと前から垂れ流していた。気持ちが穏やかなときは「死んでもいい」くらいまで落ち着く。

「生きたいひと、死にかけているひとに命あげたいな」ってなる。

「強盗に人質にされている人がいたら変わってあげたいな」ってなる。

それが

いまや

「死にたい」となり「死ね」となった。

自分のことしか考えてない。

 

 

「死」を逃げ道としか捉えていないから、

そんな風に思うんじゃないか。

実際死にそうになったら、考えも変わるんじゃないか。

 

 

 

本当は

生きたいんだ、多分。

思うように生きられてないから、死にたくなるのだ。八つ当たりしたくなるんだ。