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「疲れてもがんばれ!」リポビタンJrから脳波測定エクステの着想を得る

今「リポビタンJr」が話題だ。

そのパッケージの

「疲れてもがんばれ!」

が物議を醸している。

 

まず「リポビタンJr」なるものが存在することに驚いた。しかも2000年かららしい。なぜあまり認知されないのだろうと思ったけど、意図的に宣伝を控えていたのではないかと思った。今回のような物議を醸すと予想できたから。子供まで食い物にしやがるという悪いブランドイメージ作るよりは、じわじわと未来の「リポビタンD」購入者開拓していこう、みたいな。(素人的考察です)

で、ネットのおかげで、たちまち話題になった「リポビタンJr」。

「羨ましい、子供だったら飲みたかった」という好意的意見(?)と、

「疲れたら休ませろ」「日本の世相を反映してるね・・」という批判が出ている。

 

「疲れ」とどう付き合うかって一生向き合う問題な気がする、大げさに言うと。

小さいころは勝手に遊んで、疲れて、気づいたら寝てて、また元気になる、みたいに自分勝手にふるまえた。でもそういった時期を過ぎると期限があったり、協働者がいたりしてそうもいかない。「疲れ」を感じながらもやらなければいけないことが色々とあるだろう。

自分は「疲れても、眠くなっても、そこからあと5分、あと1ページ頑張れる努力を積み重ねよ」という考え方を教わった。(勉強が嫌いじゃなった時はこの考え方を採用するまでもなかったが。)なので、「疲れてもがんばれ!」というコピーにもそんなにアレルギー反応を起こさなかった。

スポーツや筋トレなんかは分かりやすいけど、疲れを感じてから踏ん張れるかどうかというのは大事だと思う。

でもさ、ちゃんと休まなきゃいけないときもある。心身共にくたびれて病気になったら、事故を起こしたら元も子もない。

人間ってめんどうだ。状態を客観視できないから。クルマなら「タイヤの溝浅いから交換しましょう」「オイルが足りないから足しましょう」「ガソリンなくなりそうなので、スタンドによりましょう」という様に、状態が分かって適切な対処がしやすい。

人間はどうだ。疲れを客観的なデータで示すのが難しい。体力も違う、性格も違う、精神状態も違う。「疲れてもがんばれ!」というコピーが、発奮材料にもなれば自殺のトリガーにもなる。マスに対してメッセージを発信するって怖い。言葉って怖い。人類史上最強の武器だ。

 

((あ、常に脳波を測れればいいのかな。

「○○波の波形がこうなっているから、休みましょう」とか言ってくれる端末だれか作ってよ。頭に常にたくさんセンサーつけてもいいけどさ。センサー付きエクステとか作ればいいのか!!!))

 

やっぱり自分の事は自分で判断できるようになることが大事なんだなと。

「これが健康に良い」とか「こういう生活がいい」とか色々と情報あふれているし、

「休みたい?甘えるな!」と言われ最終的に精神疾患にかかったり、「自分に素直になろう」という主張のうわべだけくみ取って堕落した生活したり、と人の意見に左右されることもある。

 

「いま自分頑張り時だな」とか「自分は今休んでいい」とか判断できる、GOサインを出せるようになりたい。

それには信念というか、自分への自信とかそういうものが必要。ああああ。難しい。

 

やっぱり脳波測定エクステだれか作って。